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れきたん歴史人物伝
れきたん歴史人物伝は、歴史上の有名人の誕生日と主な歴史的な出来事を紹介するコーナーです。月に一回程度の割合で更新の予定です。(バックナンバーはこのページの最後にもまとめてあります)


2月号 2018年4月30日更新

【今月の歴史出来事】
征夷大将軍の系譜
徳川家康が将軍になる
慶長8(1603).2.12


今月号のイラスト ◆私を将軍と言え康
(C) イラストレーション:結木さくら

2月の主な誕生人物
01日 児島惟謙/裁判官
02日 菅茶山/江戸時代の儒者
02日 ジョイス/小説家
03日 メンデルスゾーン/作曲家
03日 河竹黙阿弥/歌舞伎作者
03日 西周/思想家
04日 リンドバーグ/飛行家
05日 若槻礼次郎/政治家
06日 アン女王/イギリス女王
07日 モア/思想家
08日 ヴェルヌ/小説家
09日 原敬/政治家
10日 新井白石/江戸時代の政治家、儒者
11日 エジソン/発明家
11日 小林古径/画家
11日 折田信夫/歌人、民俗学者
12日 ダーウィン/博物学者
12日 リンカーン/政治家
13日 渋沢栄一/実業家
13日 ショックレー/物理学者
14日 豊田佐吉/実業家、発明家
14日 広田弘
/政治家
14日 中川一政/画家
15日 井伏鱒二/小説家
16日 日蓮/鎌倉時代の僧
16日 荻生徂
/儒者
16日 大隈重信/政治家
17日 シーボルト/医者、博物学者
17日 島崎藤村/詩人、小説家
18日 フェノロサ/美術研究家
18日 マッハ/物理学者
19日 コペルニクス/天文学者
20日 志賀直哉/小説家
20日 ボルツマン/物理学者
21日 ザビニー/法学者
22日 ショーペンハウエル/哲学者
22日 ヘルツ/物理学者
22日 高浜虚子/俳人
23日 ヘンデル/音楽家
23日 本多光太郎/物理学者
23日 ヤスパース/哲学者
24日 パークス/外交官
24日 グリム(ウィルヘルム)/言語学者、童話集成家
24日 陸象山/儒者
25日 ルノアール/画家
25日 松方正義/政治家
26日 ユーゴー/小説家、劇作家
26日 与謝野鉄幹/歌人、詩人
27日 ロングフェロー/詩人
27日 シュタイナー/哲学者
28日 モンテーニュ/思想家
29日 ロッシーニ/作曲家

この日本に鎌倉幕府という武家政権が誕生して以来、その最高の役職といえば征夷大将軍でした。今月は、慶長8年の2月に徳川家康が征夷大将軍に任ぜられたことにちなみ、征夷大将軍のあれこれをご紹介しましょう。

伝説の将軍
そもそも征夷大将軍という役職は、奈良時代にまでさかのぼることができます。このころ、東北地方には朝廷に従わない勢力がまだ散在しており、これを「夷(蝦夷)」といいました。これを平定するための軍事的な役職がいくつかあり、それが「征東大将軍」や「征狄将軍」や「征夷大将軍」だったのです。

古代の征夷大将軍において、象徴的な存在が「坂上田村麻呂」という人物です。田村麻呂は平安時代の初期、当時の朝廷の目の上の瘤ともいえた蝦夷のリーダー・阿弖流為(アテルイ)を破り、東北地方を平定しました。以後、田村麻呂は伝説的な武人として後世の武士たちに崇敬される存在となりました。

将軍の権威確立
時代は下り、とうに蝦夷も存在しなくなっていましたが、「征夷大将軍」の役職に目をつけた人物がいました。それこそが誰あろう、源頼朝でした。

頼朝は、京都から遠く離れた東国に、朝廷とは異なる政権を立ち上げようとしていました。いわゆる鎌倉幕府です。しかしながら、それには一定の権威や名分が必要となります。それに格好の役職が「征夷大将軍」だったわけです。

以降、源頼家、源実朝と、頼朝後継者が征夷大将軍に任ぜられ、頼朝直系の将軍が絶えたあとも、宮家、摂家から幕府のリーダーを迎え、彼らも征夷大将軍となりました。その後、鎌倉幕府から、足利氏の室町幕府へと政権が移っても、幕府のトップが征夷大将軍の職を継承することが続き、将軍の権威が確立するのです。

源氏にしかなれない?
かつて、征夷大将軍という役職は、源氏にしか許されないとも言われていました。そのために、かの徳川家康も系図を「調整」し、自分のルーツは源氏であるとしたというのですが、それは少し事情が異なります。家康が源氏を自称するにあたり、将軍位というものを多少は意識していたでしょうが、それ以前に、当時の日本の中枢に食い込んでいくために系図の調整が必要であったということです。

そもそも、古例からして、征夷大将軍になったのは源氏だけではありません。坂上田村麻呂から、鎌倉幕府の宮将軍、摂家将軍も源氏ではないのです。源氏でないと将軍になれないということはありません。

将軍にならなかった最高権力者
家康の前の権力者、織田信長と豊臣秀吉の場合はどうだったでしょうか。

まず信長の場合、天下への道半ばで謀反によって斃れたため、天下統一を成し遂げたあとどうするつもりだったのかはよく分かっていません。しかしながら、信長の構想の中には、征夷大将軍への就任もオプションの一つとして抱えていたとされます。ちなみに、信長は自らのルーツを平氏と自称していました。

秀吉の場合は、ルーツがそもそも「百姓の子」でしたが、やはりそれとは関わりなく、征夷大将軍への就任を朝廷から勧められていました。しかし、秀吉はこれを蹴ります。秀吉の視線は将軍よりもはるか上、朝廷の最高権力者である関白の地位にあったからです。そして秀吉は実際に関白となったため、将軍になることはなかったのです。

将軍位の廃止
江戸幕府最後の将軍といえば15代徳川慶喜。慶喜は江戸幕府最後というだけではなく、歴代最後の征夷大将軍でもあります。大政奉還・王政復古ののち、征夷大将軍位は廃止され、現在に至るまで、実質においてはもちろん、名目としてもその位が復活したことはありません。

 



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