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れきたん歴史人物伝
れきたん歴史人物伝は、歴史上の有名人の誕生日と主な歴史的な出来事を紹介するコーナーです。月に一回程度の割合で更新の予定です。バックナンバーはこちらから(このページの最後にもまとめてあります)


5月号 2007年5月28日更新

【今月の歴史人物】
絵筆一本、京を席巻
円山応挙
享保18(1733).5.1〜寛政7(1795).7.17

今月号のイラスト
円山応挙
◆わんちゃんがすきです。お絵描きはもっとすきです。
(C) イラストレーション:結木さくら


5月の主な誕生人物
01日 円山応挙/江戸時代の画家
02日 エカテリーナ二世/ロシア女帝
03日 マキァベリ/政治家、歴史家
04日 西郷従道/政治家
05日 小林一茶/江戸時代の俳人
05日 キルケゴール/哲学者
05日 高野長英/医師、蘭学者
05日 マルクス/経済学者
06日 フロイト/精神医学者
06日 ロベスピエール/革命家
07日 本居宣長/江戸時代の国学者
07日 ブラームス/作曲家
07日 美濃部達吉/法学者
07日 ブラウニング/詩人
08日 トルーマン/政治家
09日 バリー/劇作家
10日 モンジュ/数学者
10日 ブライス/法学者、政治家
11日 ダリ/画家
11日 ファインマン/物理学者
12日 ナイチンゲール/看護婦
12日 武者小路実篤/小説家
13日 マリア・テレジア/オーストラリア女帝
13日 カルノー/軍人、政治家
14日 北条時頼/鎌倉幕府五代執権
14日 ファーレンハイト/技術者
14日 オーウェン/思想家
15日 北条時宗/鎌倉幕府八代執権
15日 メッテルニヒ/政治家
15日 キュリー(ピエール)/物理学者
15日 市川房枝/政治家
16日 間部詮房/江戸時代の側用人
16日 ヒューズ/発明家
17日 ジェンナー/医学者
17日 サティ/作曲家
17日 安井曾太郎/画家
18日 ラッセル/数学者、哲学者
19日 西田幾太郎/哲学者
19日 フィヒテ/哲学者
20日 バルザック/小説家
20日 ミル(ジョン・スチュアート)/経済学者、思想家
21日 デューラー/画家
21日 ルソー/画家
22日 ドイル/小説家
22日 ワグナー/作曲家
22日 坪井逍遥/小説家
23日 リンネ/植物学者
23日 リリエンタール/技術者、発明家
24日 ビクトリア/イギリス女王
24日 ハチャトゥリアン/作曲家
25日 エマーソン/哲学者、詩人
25日 チトー/政治家
26日 中村正直/教育者
26日 ガイスラー/技術者
27日 イブン・ハルドゥン/歴史家
28日 崇徳天皇/第75代天皇
28日 ピット(小ピット)/政治家
28日 ギヨタン/医師
29日 林鵞峯/江戸時代の儒者
29日 ケネディ/政治家
30日 林房雄/小説家
31日 ホイットマン/詩人

江戸の絵画芸術といえばまず浮世絵が思い浮かびます。例えば北斎、例えば歌磨、例えば写楽。彼らは圧倒的な表現力をもって独自の世界を築き、近代のヨーロッパ絵画にさえ強い影響を与えました。
当時はともかく、現代では彼らの華々しい名声に比して、江戸期の純粋日本画は陰に隠れてしまっている感があります。しかし、その世界にも一人の巨人が確かに存在しました。
その名は円山応挙。停滞しつつあった日本画の世界に独自の表現を持ち込み、京の画壇をがらりと塗り替えた人物です。

絵師を目指す
円山応挙は享保18(1733)年5月1日、丹波(現在の京都府)の貧しい農家に誕生しました。幼少の頃から絵を描くことが好きだったらしく、これは使い物にならぬと判断されたか、食い扶持を減らすためか、一時期寺にも預けられたりもしています。しかし結局僧にはならず、十代の後半には絵師を目指して京へと上りました。上京した応挙は有名絵師であった石田幽汀という人物のもとに弟子入りすることとなります。本格的に画業に取り組む機会を得た応挙は、まず狩野派の技術を学び始めます。それと同時に、当時流行の「眼鏡絵(※)」など、さまざまな絵の注文を受けて生計を立てることも開始しました。
ここで当時の画壇に触れておかなければなりませんが、中世から近世までの日本画の世界において、最も力のある勢力は狩野派と言われる流派でした。狩野派の根本にある教えは「画風の継承」です。具体的には先達の描いた優れた作品を模写することで技術や構図を自分のものとし、それに基づいて新たな作品を生み出すということです。こういう考え方が京画壇、ひいては日本画壇の中心にありましたから、絵師を志すものが狩野派を学ぶというのは自然なことでした。
ただし、問題もあります。このやり方は、歳月を経るごとに画風はその洗練の度を増してゆきますが、同時に伝統に縛られて絵が硬直化してしまう危険性をはらんでいました。新しい表現が生まれにくいからです。そして事実、当時の純粋日本画は、新しさを提示できずに人々の関心を失いつつありました。
応挙が絵師を目指したのは、そんな時代のことだったのです。

※レンズを通すことで立体的に見える絵。構図に西洋的な遠近法が取り入れられている。

応挙様式の確立
日本古来の絵画様式を学びながら、雑多な絵を書き続ける。そんな日々を送りながら、やがて応挙は独自の絵画様式を形にしてゆきます。その軸になったのが「写生」でした。
今でこそ写生と言えば絵画の基本ですが、当時においてはそうでもありませんでした。何しろ、先達の描いた作品群が絶対的な力を持つ時代であり、それらが示す「ものの形」から外れることはなかなか認められなかったからです。
ところが応挙はそこから外れました。「眼鏡絵」などを通して修得した西洋的写実的視点を活かし、見たままを画面に描き写すということを行ったのです。さらに、従来の日本画が持つ洗練性、装飾性などの要素のほか、かねてから傾倒していた大陸の絵画様式まで取り込みました。それこそが応挙の様式であり、応挙によって新しい日本画の流れが誕生したということになります。
応挙の様式は日本画における革命でした。先ほども述べた通り、当時における格調高い絵師は、全て伝統の中から作品を生み出してゆきます。長い伝統のある世界で、それを打ち破ることは容易ではありません。いや、打ち破ることは簡単でも、それを確固とした形に仕上げることが難しい、と言えばいいでしょうか。しかし応挙はそれをやったのです。これは一つの天才に違いありません。
思えば応挙は貧しい農家の出。絵師になることが約束されたエリートではなかったからこそ、応挙が独自の様式を確立できた一因でもあったのでしょう。
果たして、応挙の絵は京都に広く受け入れられました。当時の京画壇は応挙風の写生画で溢れ、また貴族や学者、高僧、さらには皇族までもが応挙の絵を愛好し、応挙は当代一流の画家として昇り詰めたのです。応挙の画業は、身分制の社会において、絵筆一本で成し遂げた立身出世でもありました。
名声に溺れ、崩れてしまいはしないかという心配がここで頭をよぎりますが、応挙は崩れませんでした。その後もばりばりと描き続け、後進達の指導にもあたっています。
晩年の応挙は老いのために体が弱り、目も患ったと言われています。しかし、それでも応挙は描き続けました。応挙が亡くなったのは寛政7(1795)年7月17日。最後の作品を完成させた一か月後のことでした。

応挙の系譜
彼の死後、その画風は円山派として息子達に受け継がれました。また、応挙の門人であった呉春を中心とする四条派も、応挙の画風を受け継いだ流派として受け継がれてゆきます。円山四条派と総称されるこれらの流派は近代までその命脈を保ちました。明治時代においても、円山四条派の流れをくむ多くの人材が画壇を引っ張り、近代日本画の成立に大きく貢献したのです。彼らの活躍は、むろん現代の日本画にまで影響を与えています。

 
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