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れきたん歴史人物伝
れきたん歴史人物伝は、歴史上の有名人の誕生日と主な歴史的な出来事を紹介するコーナーです。月に一回程度の割合で更新の予定です。(バックナンバーはこのページの最後にもまとめてあります)


2月号 2010年2月26日更新

【今月の歴史人物】
地動説と「コペルニクス的転回」
コペルニクス
1473.2.19〜1543.5.24

今月号のイラスト
コペルニクス
教会の迫害はコペル憎ス。
(C) イラストレーション:結木さくら


2月の主な誕生人物
01日 児島惟謙/裁判官
02日 菅茶山/江戸時代の儒者
02日 ジョイス/小説家
03日 メンデルスゾーン/作曲家
03日 河竹黙阿弥/歌舞伎作者
03日 西周/思想家
04日 リンドバーグ/飛行家
05日 若槻礼次郎/政治家
06日 アン女王/イギリス女王
07日 モア/思想家
08日 ヴェルヌ/小説家
09日 原敬/政治家
10日 新井白石/江戸時代の政治家、儒者
11日 エジソン/発明家
11日 小林古径/画家
11日 折田信夫/歌人、民俗学者
12日 ダーウィン/博物学者
12日 リンカーン/政治家
13日 渋沢栄一/実業家
13日 ショックレー/物理学者
14日 豊田佐吉/実業家、発明家
14日 広田弘
/政治家
14日 中川一政/画家
15日 井伏鱒二/小説家
16日 日蓮/鎌倉時代の僧
16日 荻生徂
/儒者
16日 大隈重信/政治家
17日 シーボルト/医者、博物学者
17日 島崎藤村/詩人、小説家
18日 フェノロサ/美術研究家
18日 マッハ/物理学者
19日 コペルニクス/天文学者
20日 志賀直哉/小説家
20日 ボルツマン/物理学者
21日 ザビニー/法学者
22日 ショーペンハウエル/哲学者
22日 ヘルツ/物理学者
22日 高浜虚子/俳人
23日 ヘンデル/音楽家
23日 本多光太郎/物理学者
23日 ヤスパース/哲学者
24日 パークス/外交官
24日 グリム(ウィルヘルム)/言語学者、童話集成家
24日 陸象山/儒者
25日 ルノアール/画家
25日 松方正義/政治家
26日 ユーゴー/小説家、劇作家
26日 与謝野鉄幹/歌人、詩人
27日 ロングフェロー/詩人
27日 シュタイナー/哲学者
28日 モンテーニュ/思想家
29日 ロッシーニ/作曲家

今回はポーランドの天文学者、コペルニクスを取り上げます。コペルニクスは、それまで信じられていた「天動説」に代わる「地動説」を唱えた人物としてよく知られています。
史上有数の哲学者・カントは、自身の哲学が持つ新しさを「コペルニクス的転回」と表現しました。今やこの言葉は慣用表現にまでなっており、それまでの常識がすっかり逆転・変化してしまうさまを表すのに用いられます。
変化が起きることの象徴的存在になったとも言えるコペルニクス。実際の彼の業績を具体的に見てみることにしましょう。

その生涯
コペルニクスは1473年、ポーランドのトルニ(トルン、ドルンとも)に誕生しました。家はかなり裕福な商家でしたが、主である父はコペルニクスの少年期にこの世を去りました。このため、コペルニクスは聖職者だった叔父の手で育てられました。
18歳の年、コペルニクスはクラクフ大学に入学します(この大学は今も名門大としてポーランドに存在します)。大学でコペルニクスは神学や医学などのさまざまな学問に触れました。天文学に触れたのもこの時です。ただし、この頃は一介の学生として、当時一般的だった天動説に基づく宇宙を信じていたようです。
20代の半ば、コペルニクスはイタリアへと留学します。育ての親である叔父は、コペルニクスを教会関係の要職につけさせたいと考えており、そのために学問上の援助を積極的に行ったのです。
イタリアにおいてもコペルニクスは、法律や医学をはじめ、神学、数学といったさまざまな学問を行いました。もちろん天文学も学んでいます。同時代の人物に「万能の天才」レオナルド・ダ・ビンチがいますが、彼ほどではないにしても、コペルニクスもマルチな才能を持つ人物だったようです。
このイタリア時代に、コペルニクスは師とも言える天文学者に出会っています。名はノヴァラといい、コペルニクスに天体観測などを手伝わせ、教授しました。これにより、コペルニクスは天文学への興味をより深くしたといいます。
その後、コペルニクスはポーランドへと帰って、叔父の希望どおり教会の要職に就きました。医師としても働き、70歳で亡くなりました。
これがコペルニクスの生涯ですが、イタリア留学時代からポーランドで亡くなるまで、コペルニクスが特に取り組んだことがあります。それが天文学の研究だったのです。そこで見いだしたのがかの「地動説」でした。

「地動説」とは?
コペルニクスの見いだした地動説というのはいかなるものだったのでしょう。
当時、宇宙(太陽系)のシステムとして広く信じられていたのは、古代ローマ時代の学者、プトレマイオスによる説でした。
現在の私たちは、太陽が太陽系の中心に存在し、その周りを地球を含む惑星が自転しながら公転していることを知っています。しかし当時の定説はそれとは全く逆でした。地球が全宇宙の中心に存在し、その周囲を太陽や惑星が回っているとしたのです。これがいわゆる天動説です。この説はさまざまな学者によって研究されました。この考え方を突き詰め、体系づけたのがプトレマイオスというわけです。
プトレマイオスのまとめた体系では、星ぼしは地球を中心とする円軌道の上を小さな円を描きながら回っているとします。地球の方を止まっているものと設定し、他の星の動きをそれに合わせて表すというやり方です。本当は地球も星ぼしも動いているのに、言わば無理矢理地球が止まっているものと考えるわけで、これはかなり不自然な記述方法ということになります。しかしともかく、このように考えれば、空を動く太陽や惑星の実際の動きと紙の上のシミュレーションの結果が、一応は合致しました。
一方、コペルニクスは天体観測を進めるに連れ、当時絶対であったプトレマイオスの体系に疑問を持つようになっていきました。コペルニクスの集めたデータをプトレマイオスの宇宙に当てはめると、どうしてもズレが生じるからです。それもそのはずです。プトレマイオスの宇宙は、実際とは異なるのですから。
コペルニクスはこのズレを解消するため、プトレマイオスの体系に修正を加えていきます。ところが、それが繰り返されるうち、プトレマイオスの体系は極めて複雑な姿を見せるようになっていきました。通常こういうものは、研究が進むにつれ結果がすっきりと美しくおさまってゆくものなのに、これは全く逆なのでした。
コペルニクスは、プトレマイオスの体系はどこかおかしいと感じました。そして、太陽の周りを惑星が回っていると考えれば、プトレマイオスの体系より随分すっきりしたものが得られるという結論に達したのです。これがいわゆる地動説でした。
この結論に行きつくまで、コペルニクスはおおよそ30年かけたとされます。しかし、それでもコペルニクスはそれを簡単には発表しようとしませんでした。まずは仲間内で見られるような簡単な論文を書き、それを一部の人に見せました。それを見た友人などは本格的な出版を勧めますが、コペルニクスはなかなか承諾しなかったとされ(※)、事業はなかなか進みませんでした。
しかしその論文から十年以上が経ち、とうとう彼の業績が出版されるときがやってきました。この書物はコペルニクスの死ぬ1543年に出版されました。タイトルは『天体の回転について』。コペルニクスはこの書物をいよいよ亡くなる直前に受け取ったとも、ついに見ることなく亡くなったとも言われます。コペルニクスがこの世を去ったのは、同年の5月24日でした。
※当時の地球中心の宇宙観を否定することで教会の迫害を恐れたのが理由とされますが、最初の簡単な論文が問題視されなかったことなどから、他の理由があるのではないかとする説もあります。

宇宙観を逆転させるきっかけ
コペルニクスは地動説を作ったように言われることもありますが、実はそれは正確ではありません。コペルニクス以前から地動説というのは存在しました。古代ギリシャの学者などによって唱えられています。ただしこの説は唱えられただけで、科学的に体系化されることはなかったようです。
もう一つ誤解されているのが、実はコペルニクスの展開した地動説は、実際の宇宙の姿とはかなり異なっているということです。天動説と比べれば遥かに実際の宇宙像に近いのですが、惑星の公転軌道を円軌道(実際は楕円軌道)とするなどしており、そこからズレが生じていました。結果として、コペルニクスの提示した宇宙像は、現在私たちが知っているものとは少々違ってしまっているそうです。
しかしながら、それでコペルニクスの業績が曇るわけではありません。そういう説もあった、という程度だった地動説を科学的に再構成し、はじめに出版したことは、やはり科学史上に残る重大事でした。彼の説は、大センセーションを巻き起こしたというわけではないものの、科学史に確かな楔を打ち込みました。コペルニクスの地動説は徐々に科学者たちの間に広まってゆき、ケプラーやガリレイといった優秀な科学者の手を経ることで、洗練の度を増してゆきました。そして、ニュートンが近代的な物理体系を完成させたことで、私たちの知る宇宙とほぼ変わりない姿を示すまでになるのです。
コペルニクスの業績は、天動説で固まっていた宇宙の姿を逆転させるきっかけを作りました。それが、コペルニクスの行った「コペルニクス的転回」だったと言えるでしょう。彼の登場以後、宇宙はいよいよその本当の姿を見せ始めるのです。

 


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