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れきたん歴史人物伝
れきたん歴史人物伝は、歴史上の有名人の誕生日と主な歴史的な出来事を紹介するコーナーです。月に一回程度の割合で更新の予定です。(バックナンバーはこのページの最後にもまとめてあります)


11月号 2011年11月30日更新

【今月の歴史人物】
軍人から宰相へ
桂太郎
弘化4(1848).11.28〜1913.10.10

今月号のイラスト
桂太郎
◆在任日数で私が一番勝つら。
(C) イラストレーション:結木さくら


11月の主な誕生人物
01日萩原朔太郎/詩人
02日マリー・アントワネット/フランス王妃
02日後醍醐天皇/第96代天皇
03日武田信玄/戦国時代の大名
03日田中正造/政治家
04日隠元隆(埼)/江戸時代の僧
04日泉鏡花/小説家
04日有馬新七/志士
05日市村羽左衛門(15代)/歌舞伎役者
05日サバティエ/化学者
06日鮎川義介/実業家
07日キュリー(マリー)/物理学者
07日ヴィリエ・ド・リラダン/小説家
08日ロールシャッハ/精神医学者
09日野口英世/細菌学者
10日ルター/宗教改革者
10日シラー/詩人
11日乃木希典/軍人
11日川上操六/軍人
12日孫文/政治家、革命家
12日シャルル/物理学者
12日ブッセ/詩人
13日アウグスティヌス/神学者
13日スティーブンソン/小説家
13日岸信介/政治家
14日見原益軒/江戸時代の儒者
14日ネルー/政治家
15日坂本竜馬/幕末の志士
15日ハーシェル/天文学者
15日芦田均/政治家
16日北村透谷/詩人、評論家
16日ダランベール/政治家
17日ルイ十八世/フランス国王
18日ダ・ゲール/画家、写真家
19日ディルタイ/哲学者
19日毛沢東/政治家
20日ラゲルレーフ/小説家
20日尾崎行雄/政治家
20日ハッブル/天文学者
21日ヴォルテール/哲学者
22日ド・ゴール/政治家、軍人
23日ファリャ/作曲家
24日バーネット/小説家
24日スピノザ/哲学者
24日ロートレック/画家
25日カーネギー/実業家
25日安藤信正/老中
26日アームストロング/技術者、実業家
27日セルシウス/天文学者、物理学者
27日松下幸之助/実業家
28日桂太郎/政治家、軍人
28日寺田寅彦/作家、物理学者
29日オルコット/小説家
29日フレミング/技術者
30日マーク・トゥエイン/小説家
30日チャーチル/政治家

今月は明治の後期から大正時代にかけて3度総理大臣をつとめた桂太郎をご紹介します。桂の総理在任中、日本にはさまざまな歴史的大事件がありました。逆に言えば、政治家としてそれだけの情勢を託されたわけですが、桂がそんな政治家にまでなった経緯とはどんなものだったのでしょう。

動乱の時代を経て、海外へ
弘化4(1848)年11月28日、長州藩・萩の武士の家に桂太郎は誕生しました。
桂の少年期といえば、国内は幕末動乱期のまっただ中。いうまでもなく長州藩はその動乱の主役を演じた藩の一つです。桂も10代の前半から藩の西洋式軍隊での訓練を受け、やがては実戦にも参加してゆくことになります。
このころ桂が参加した主な戦いは、幕府が長州を攻めた「第二次長州征伐」や、薩長を中心とした勢力と旧幕府軍との戦い「戊辰戦争」です。特に戊辰戦争では東北地方を転戦して活躍し、最終的に賞典禄250石を受けています。
賞典禄とは明治維新で功績のあった人物に対して政府から与えられるいわば褒美で、藩主クラスは数万石から数千石単位で与えられたと記録されています。桂の250石はそれと比べれば見劣りするのものの、桂の実家が貰っていた禄が年に125石だったので、年収の倍額はあるということになります。ただ、桂は実家の収入について『我が家は禄多からざれば』と述べています。『多からざる』禄の倍にあたるのであれば、やはりそこまでの高額とは言えない価値なのでしょう。
明治時代に入ると、桂は軍人になることをめざします。同時に強く願ったのが海外へ留学して軍事を学ぶことで、そのための学校にも入ったほどでした。しかし、さまざまな事情からそのルートでの留学は頓挫してしまい、桂は自費での留学を決意します。留学費は主にあの賞典禄をあてることにしました。
桂は明治3年にドイツへ留学しました。大変がんばって勉強したそうですが、当時の留学は大変にお金のかかるもの。やはり費用に苦労し、留学を途中で切り上げて帰国することになってしまいます。とは言え、桂はおよそ3年間ドイツで過ごすことができ、その間に得た知識もかなりのものになっていました。
帰国後、桂は陸軍に正式に入りました。階級は決まりによって大尉からです。将校とはいえ、維新における実績や留学の履歴を持つ桂に対してはいかにも低い階級でした。しかし、それを陸軍の大物である山県有朋に詫びられた際、「軍隊の秩序を守らないといけないから、初任を大尉以上にするのはよくない」ときっぱり答えたという話が伝わっています。
陸軍に入ってからも、桂はドイツへと赴任し、現地で軍事の研究なども行っています。

出世街道
さて、陸軍での桂を語る上で、欠かせない人物がいます。それは、先ほども登場した山県有朋です。陸軍の大物であり、明治の後期から大正期には、軍どころか政界そのものを動かす大権力者になる人物です。山県は桂と同じ長州藩出身で、優秀な桂をよくか