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れきたん歴史人物伝
れきたん歴史人物伝は、歴史上の有名人の誕生日と主な歴史的な出来事を紹介するコーナーです。月に一回程度の割合で更新の予定です。(バックナンバーはこのページの最後にもまとめてあります)


7月号 2015年7月31日更新

【今月の歴史人物】
ちょっと変わった印象派
エドガー・ドガ
1834.7.19〜1917.9.27


今月号のイラスト エドガー・ドガ◆江戸が後か
(C) イラストレーション:結木さくら



7月の主な誕生人物
01日 ライプニッツ/哲学者、数学者
02日 ヘッセ/小説家、詩人
03日 カフカ/小説家
04日 ガリバルディ/将軍
    フォスター/作曲家 
05日 コクトー/作家
06日 ホブソン/経済学者
07日 睦奥宗光/政治家
    マーラー/作曲家
    シャガール/画家
08日 ロックフェラー/実業家
09日 レスピーギ/作曲家
10日 カルヴィン/神学者
    ピサロ/画家
    プルースト/小説家
11日 穂積陳重/法学者
12日 モディリアーニ/画家
    ソロー/作家
13日 森有礼/政治家
14日 緒方洪庵/江戸時代の医師、蘭学者
    ミュラー/生物学者
   後鳥羽天皇/第82代天皇
15日 レンブラント/画家
    国木田独歩/小説家
16日 アムンゼン/探検家
    コロー/画家
17日 徳川家光/江戸幕府三代将軍
18日 ローレンツ/物理学者
    サッカレー/小説家
    内藤湖南/歴史学者
    フック/物理学者
19日 ドガ/画家
    クローニン/小説家
20日 伊藤仁斎/江戸時代の儒者
21日 ヘミングウェー/小説家
22日 メンデル/植物学者
23日 二宮尊徳/江戸時代の農学者
    フィッシャー/哲学者
24日 谷崎潤一郎/小説家
    ボリバル/独立運動指導者
    デュマ/小説家
25日 バルフォア/政治家
26日 ユング/心理学者
    ショー/劇作家
27日 高橋是清/政治家
28日 フォイエルバッハ/哲学者
    片山哲/政治家
29日 ハマーショルド/政治家
    ムソリーニ/政治家
    重光葵/外交官
30日 フォード/実業家
31日 クラーク/教育者家
    柳田国男/民俗学者

日本でもよく知られる画家、エドガー・ドガ。踊り子(バレリーナ)を主題にした作品が有名です。今月はこのドガの生涯を追ってみたいと思います。

古典に惹かれて
エドガー・ドガが誕生したのは1834年のこと。日本では江戸時代の後期、天保時代にあたります。
ドガの父は銀行家です。大画家というと、何か非常な貧窮の中で育ち、長じてからも不遇の中で暮らしていたようなイメージでとらえられがちですが、ドガの場合は全くそうではなかったようです。家はそれなりに裕福で、芸術や学問に親しむような環境でした。
高校を出たドガは、21歳の頃にエコール・デ・ボザールという名門の美術学校に入学。アングルの弟子にあたるルイ・ラモートに師事します。また、実際にアングルとも会って、大変な影響を受けたといいます。
このアングルという画家も絵画史においては巨人と言える人物で、
古典的な手法を研究・継承しながらも新しさを備え、以後の絵画に大変な影響を与えました。ドガもそのひとりだったということになります。
その後、ドガはイタリアへ行きます。そこで古典的な芸術に触れ、やがてパリに戻ると、はじめは歴史画などの伝統的な画題を描き、それから段々と現代の風景を描くことに軸足を定めてゆきます。それはすなわち、パリの街中の情景、競馬場や劇場、バー、そして踊り子たちやその練習場などです。これらの作品を通して、ドガは画家としての名声を高め、40歳の頃までには人気画家になっていたようです。

「印象派」ドガ
ドガは一般的には「印象派」の画家の一人として数えられます。
印象派とは19世紀後半にパリで起こった絵画の一つの流れ、運動のことです。印象派は、それまでの伝統的な画題や技法、構図にとらわれない制作をおこないました。特に、光の動きをとらえることを重視したのは印象派の大きな特徴です。それまでの絵画は室内(アトリエ)で描かれるのが常識でしたが、印象派は戸外に飛び出し、そこで自然の光と向き合いながら描きました。タッチも非常に大胆で、古典的な絵画のように細密な感じではありません。近づいてみると、単に絵の具が塗りたくられているだけに見えるほどです。
さて、ドガも印象派に数えられるほどですから、印象派の特徴を持ち合わせていたことは確かですが、ふつう印象派と言われる人々とちょっと違った部分も持っていました。ドガという画家は、印象派の新しい考え方、やり方よりも、先ほど登場したアングルのような、古典的な考え方を基本としていました。印象派一流の、日常の一瞬の風景を切り取ったような構図。ドガの絵画もそのように見えるのですが、実はドガの絵画の場合は綿密に、緻密に計算されつくした古典的な構図の創造法に立ってつくられたものです。戸外での制作についても、ドガは全く重視していません。風景画も重視しておらず、一瞬の光と影を写し取るという方法とは、ドガの絵画は一線を画していたようです。
だからといってドガは印象派と全く関係がないかといったら、そうではなく、印象派の画家たちがおこなった展覧会のほとんど全てに参加しています。大胆なタッチも印象派のそれと共通しています。印象派の若い画家(ドガは印象派の中では年上のほうです)から、さまざまな影響や刺激は受けていたのでしょう。
印象派といえば、北斎や広重といった日本の「浮世絵」から影響を受けていたことはよく知られています。ドガも浮世絵からはかなりの影響を受けています。特に構図の影響は大きく、ドガの絵画に見られる、遠景と近景を大胆に対比させたような構図や、それまでの西洋絵画には見られない、一見アンバランスに配置されたような構図は浮世絵からの影響だと指摘されています。
また、先ほども触れたように、ドガは踊り子・バレリーナという題材に大変惹かれていました。とくに練習場の様子や楽屋における踊り子を描いた作品が多いのはドガの大きな特徴です。優美で繊細な踊り子たちがふと見せる舞台裏での様子が、ドガの心には強く響いたようです。

その死
順調に見えたドガの画家人生にかげりが見え始めたのは、40代の半ばころからです。それは人気がなくなったとかスランプとかいったものではなく、視力の低下という身体的な事情でした。以後、視力は衰え続け、晩年にはほとんど失明状態になってしまったといいます。ドガは内気で頑固、あまり性格がいいとは言えない人物で、友人も少なく、後半生は大変孤独だったといいます。ただそれでも制作活動は少しずつ継続しており、絵画だけではなくブロンズ像なども制作しています。
ドガが亡くなったのは1917年の9月27日のこと。83歳でした。

 



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