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れきたん歴史人物伝
れきたん歴史人物伝は、歴史上の有名人の誕生日と主な歴史的な出来事を紹介するコーナーです。月に一回程度の割合で更新の予定です。(バックナンバーはこのページの最後にもまとめてあります)


4月号 2017年4月30日更新

【今月の歴史人物】
「空を飛ぶ」夢の実現
ライト兄弟
1867.4.16〜1912.5.30(兄ウィルバー)
1871.8.19〜1948.1.30(弟オービル)


今月号のイラスト ライト兄弟(兄ウィルバー/弟オービル)◆ウィルバ兄、弟ービル
(C) イラストレーション:結木さくら

4月の主な誕生人物
01日 親鸞/鎌倉時代の僧
01日 ビスマルク/政治家
01日 浜口雄幸/政治家
02日 アンデルセン/童話作家
02日 ゾラ/小説家
03日 アーヴィング/小説家
03日 長塚節/歌人、小説家
04日 山本五十六/軍人
05日 ホッブス/哲学者、政治学者
05日 内田魯庵/評論家、小説家
05日 カラヤン/指揮者
06日 ラファエロ/画家
06日 ミル/歴史家
06日 モロー/画家
07日 法然/平安、鎌倉時代の僧
07日 ザビエル/宣教師
07日 ワーズワース/詩人
07日 鈴木梅太郎/化学者
07日 小川未明/童話作家
08日 フッサール/哲学者
08日 岸田吟香/ジャーナリスト
09日 ボードレール/詩人
10日 ペリー/軍人
10日 グロチウス/法学者、政治家
10日 香川景樹/歌人
10日 ピュリッツアー/ジャーナリスト
10日 レーニン/革命家、政治家
11日 広瀬淡窓/江戸時代の儒者
11日 パーキンソン/医師
11日 小林秀雄/評論家
12日 マイヤーホーフ/生理学者
13日 トレビシック/発明家
14日 ホイヘンス/物理学者、天文学者
14日 トインビー/歴史家
15日 レオナルド・ダ・ビンチ/画家、彫刻家、科学者
15日 内藤鳴雪/俳人
16日 チャップリン/映画俳優、監督
16日 虎関師錬/僧
16日 ライト(ウィルバー)/発明家
16日 フランス/小説家
17日 板垣退助/政治家
17日 モルガン/実業家
18日 ズッペ/作曲家
19日 フェヒナー/心理学者
20日 犬養毅/政治家
20日 ナポレオン3世/仏皇帝
20日 ヒトラー/独裁者
20日 ミロ/画家
21日 ブロンテ(シャーロット)/小説家
21日 ウェーバー/社会学者
22日 カント/哲学者
22日 オッペンハイマー/物理学者
23日 プランク/物理学者
23日 ターナー/画家
24日 カートライト/発明家
25日 川路聖謨/江戸時代の武士
26日 シェークスピア/劇作家
26日 ドラクロワ/画家
27日 モールス/発明家
27日 スペンサー/哲学者
28日 伊藤東涯/江戸時代の儒者
28日 山田検校/筝曲家
29日 ポアンカレ/数学者
29日 田口卯吉/経済学者
30日 ガウス/数学者

「空を飛ぶ」。この単純にして難しい夢の実現に向け、歴史人物たちはさまざまな努力を重ねました。今月は、かのライト兄弟の兄・ウィルバー・ライトの誕生日にちなみ、飛行の研究によって歴史に名を残した人々を何人かご紹介しましょう。

モンゴルフィエ兄弟
1740〜1810(兄ジョゼフ)
1745〜1799(弟ジャック)
フランス南部で製紙業をいとなむ家に生まれた、兄ジョゼフ・ミシェルと弟ジャック・エティエンヌの兄弟です。かれらは焚き火をしていたときに起こった上昇気流に着目し、熱気球を着想したとされています。かれらの飛行実験は、ヴェルサイユ宮殿で、王族を前にしておこなわれた華々しいものでした。動物を乗せたこの実験は大成功をおさめました。そして、いよいよ有人での飛行がおこなわれたのは1783年のこと。まずは地上から綱を引いた状態での飛行に成功し、そのひと月後には綱のない状態での飛行をおこないました。気球は1000m程度の高さまで上昇し、その後、無事着陸するという成功をおさめました。

ケイリー
(1773〜1857)
ケイリーはイギリスの学者で、飛行にかんする研究の先駆者とされます。かれは飛行機に働く物理的な力を理論的に考察し、現代の飛行機に通ずる、主翼と尾翼を持ったグライダーを構想しました。この構想をもとにケイリーは実際のグライダーを製作し、滑空飛行に成功します。この飛行については細かいことは不明なのですが、少年を搭乗者とし、1840年代ごろにおこなわれたらしいものです。さらに1853年には100mを超える滑空飛行に成功し、このときは大人の搭乗者でした。

リリエンタール
(1848〜1896)
ドイツの発明家、リリエンタールはまさに飛行研究に生涯を捧げた人物です。鳥の飛行に惹かれ、人間の飛行についての研究をはじめたリリエンタールは、2000回にもおよぶ実験をおこないながら、グライダーの開発を進めてゆきました。その研究手法と成果は、のちの開発者たちにも影響を与えています。
数年にわたる試行錯誤の繰り返しにより、かれのグライダーはおよそ250mもの滑空飛行に成功しましたが、その最期も墜落による事故死でした。かれの業績は当時から欧米においては有名でした。その死は各方面に伝わり、ライト兄弟もかれの死亡をきいて、飛行機開発を進展させることを決意したといいます。

ライト兄弟
ご存知、飛行機の発明者ライト兄弟は、アメリカの聖職者の家に生まれました。長じてのち自転車屋を開業し、成功しました。

当時は飛行機の開発は夢であり、リリエンタールなどの先駆者がようやくグライダーによる滑空技術を確立させようとしていたところでした。ライト兄弟もリリエンタールの業績、そして彼の死に影響を受け、有人動力飛行の夢を追うことを決意します。かれらはリリエンタール流に多くの飛行実験、操縦訓練をおこない、ついに飛行機「ライトフライヤー」号を完成させます。ライトフライヤーによる飛行実験は1903年に行われ、最長で59秒、260mの飛行に成功しました。この飛行は、有人かつ動力(エンジン)を用い、操縦可能な飛行だったという点でひじょうに画期的なものでした。

しかし、意外にも兄弟のその後はけっして光り輝くものではありませんでした。世間は思ったほど反応せず、特許等の問題でライバルたちからは足を引っ張られました。その結果、かれらは飛行機の開発競争にはついていけなくなってしまいます。ライト兄弟の業績がしっかりと認められたのは、飛行実験から数十年後、20世紀も半ばのことでした。

浮田幸吉
1757〜1847ごろ
最後に少々変り種の人物をご紹介しましょう。江戸時代中後期の人物で、浮田幸吉。備前(現在の岡山)の表具師でした。かれはその職人技術を用いて翼を作り、橋の上から跳び、飛行を試みたのです。このとき、そのまま川に墜落したとも、わずかながら滑空したとも伝えられますが、はっきりしたことはわかりません。しかし、その行為が人々を騒がせたとされ、所払い(追放)の罰を受けたといいますから、やはり実験があったことは確かなようです。もし成功していたのなら、上記の人物たちよりかなり早いのですが、どうでしょうか。

ちなみに、その後、幸吉は駿河(現在の静岡県)に移住し、長寿を保ちました。

 



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